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スクランブルタッチ
食に関する情報(食育・食物アレルギー・食物連鎖・地産地哨・フード・マレージ・日本の農業を支援する会)の発信をしながら、共通の認識の輪を広げていきます。

食物アレルギー児を抱えるお母さんの行動

食物アレルギーの歴史は、アメリカなどで1920年代より、一部の医師らで、アレルギーの研究がはじまったと、関連本によって、書かれていたことを記憶している。日本では、松村龍雄先生が、1973年当時、群馬大学で、研究・診療をされていた。あれから30年以上が経過し、一部の学校でも、除去給食が、展開される傾向になってきた。その中でまだ、除去食、代替食という言葉が使われている?たまご、牛乳など栄養の王様とよばれて久しいが、貧しい言葉である気がしてならない。献立は、組み合わせであり、卵、牛乳を使わない献立が、あって不思議ではない。幅広く日本で取れる食材を使用して(地産地消)いくことが、結果的に自給率も上がる仕組みになるのではないか?とかんがえるのは、早急であろうか?
ここに一人の食物アレルギー児を抱えるお母さんの1年間にわたる奮闘をレポートを掲示しました。エールを送りたいと思います。


<食物アレルギーレポート>    ☆最終章☆  =  心を込めて・・・   =
 昨年の12月19日、埼玉県では衛生研究所主催で初の「食物アレルギーと向き合う円卓会議」が開催され、食品メーカーや流通関連企業,学校給食関連事業者,NPO・親の会,大学,行政(県・市)等、24名で情報交換をおこないました。私も参加いたしましたが、2008年度以降から今までのアレルギー表示にエビとカニが追加されることは、企業にとっても、大変な努力を強いられることになるそうで、皆、深刻な面持ちでした。私が印象的だったのは、アレルギー製品の多くは、社員の一人が自主的に研究をはじめ、そのことが同僚や社長に認められ、製品になっていったと知ったことでした。もちろん、それは、自分の仕事のその他に研究を始めたということで、その姿は人として立派だと思いました。そう思うと、本当にありがたく感じます。今、加工食品のことで世間は騒いでおりますが、こうした努力をされていることも知っておくべきだと思います。現在、子育てしている母親たちは、あなたの母乳は白い色をしているけれど、立派なあなたの血液だということを理解しておくと、自ずから安心で安全なものを食べたくなると思いますし、出なくてもミルクで代替できることは、素晴らしいことではないでしょうか。私達が代替食を求めるように・・・。はじめて我が子を抱いた時、近所の方に「この子はあなたの先輩だから大事にしてね」と言われました。なるほど、本当に、この子は私に色々なものを与えてくれました・・・。まだまだ、それは、増えそうですが・・・。手荷物いっぱい持ったとしても、お母さんは頑張ります。
皆さんの真心が何よりの宝物だから・・・。ステキな1年をありがとうございました。
食育・食物アレルギーを考える会 埼玉支部 代表 Y.Y     
                                    
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テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

【2008/02/18 14:48】 | 食物アレルギー | トラックバック(0) | コメント(0)
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SoRa&CoCo

Author:SoRa&CoCo
財団法人あしたの日本を創る協会(元内閣府NPO)神奈川県理事、
NPOアレルギー支援ネットワーク(名古屋)理事、赤ちゃんから高齢者の食べ物についてアドバイスしています。
元アレルギー連絡会代表、横浜食育食物アレルギーの会代表、元ハッピーフレンズ代表、出来るだけ取れ立ての野菜を食べよう運動を展開中。

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